2014年09月05日

触れる距離感

ここ2、3ヶ月で触れる感覚がだいぶ変わってきた。

ピタッと上手く触れると、触れるというよりくっつくという感覚に近いが、身体が繋がる感覚が以前よりもある。

これは、腕まわりと体幹部の距離感が上手くとれてきたのだと思う。

何か作業をする時に、大体の人は既に肩が上がっている。
構えとでも言うのだろうか、やる前からやる気満々なのは分かるが、それでは身体を上手く使いにくくなる。
かくいう私もそうなる事が多い。


これは意識の問題か。
それとも無意識にやっているのか。


錐体路系と錐体外路系という言葉がある。
すっごく簡単に説明すると意識しているのと意識していない状態の事である。
普段は意識して、つまり物事を予測して人は動く。
信号が青になりそうだから歩き始めよう。
前から人がきてぶつかりそうだからよけよう。

一方、無意識にやるというのは、職人さんが良い例だと思う。
まるで機械のように驚くべきスピードで作業をこなす。
このスピードは考えながらでは殆ど不可能である。


この意識は時に厄介な存在になる。
普段よく喋る人が、いざ改まった場や、大勢の前のスピーチになると一気に緊張して上手く喋れなくなる。
また普段の練習だと上手く行くのに、試合となると上手く行かなくなったり。


本当に人の心身は不思議だ。


そういったわけで触れるという事に話が戻るが、この触れるというのも意外に厄介である。
触れた瞬間に相手の情報がドーッと押し寄せてきて、こちらでは対処しきれませんよという状態になることもある。それは、実は自分の触れた時の感覚が敏感過ぎたりするなんて事もある。


ここで、ある意味鈍感というか、無理に意識しない方が相手と繋がる場合が多い。
自分のエゴを貫こうとすると、それが力みであったり、無理な体勢に繋がりやすい、と思う。


触れるという動作一つにしても本当に奥が深い。

自分と相手の関係性。

自分、相手の状態。

触れ方。

触れる前の体勢。

距離感。


様々な状態が重なり合って、一つの動作が生まれる。
距離感というのも、心理的、身体的はもちろんのこと、自分の腕と体幹の距離、腰、足の距離と色々な所が絡んでくる。
やはり自分がきつい状態や嫌な状態になると、力んで解決する場合が多い。そうすればなんとかなるという今までの経験則や、力に対する信頼が強いからなのだろう。
これはある状態までは良いが、それ以上行くと自分の身体を壊したり、疲れが溜まりやすい原因になったりする。
そんな時は更に無理な姿勢になっていたり、肩が上がっていることもある。

こんな時に思いきって触れている部分の力を抜いてみる。
脱力ではなくて。
いい具合に抜けて行くと、不思議と相手に通ったりする事もある。
そうすると距離感が整う。


触れるというのは面白い。
自分の状態、相手の状態が見えてくる。
触れる事に目を向けてみるとまた感覚が変わってくると思う。




posted by シンイエ at 14:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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