2014年08月19日

色々な見方

以前にも書いたけれど、腿裏が硬い。これを遡って行くと、肉離れが影響しているのではないかということも以前書いた。今回はもう少しこれを掘り下げて、自分自身の整理というか、辻褄があっているのではというのを確認してみたい。

高校の時の肉離れの時期に、目が悪くなるのとほぼ同時に自分の身体に起こった状態があった。それは緊張だった。授業中、教科書を立って読むのは小中高のほとんどの学校である。今まではなんてことはなく、当たり前のように読んでいた。しかし、この時期に急に緊張する度合いが増してきた。立っただけで足が震えて、話す時の声も上ずる。胸が詰まり、心臓がバクバクして思うように話せない。これは、自分自身でも何が起こったのかと思い、強い印象として今でも残っている。
それ以来、人前に出るのが苦手になった。
もちろん、当時は何故こんな状態になってしまったのか分からなかった。他にも、緊張しすぎてお腹が痛くなる事もよくあった。そこから、そのまま歳月が流れて行き、会社に入ってもこの状態は変わらなかった。入社して何ヶ月か後に酷い頭痛に苛まれて、突然後ろから金属バットか何かで殴られる位の衝撃もしばしばあった。それで病院に行って脳の画像も撮ってもらったが、異常なし。結局、先生からは緊張性の頭痛と診断された。確かに、会社にいた当時は毎日極度の緊張状態で、家に帰ってもその緊張状態が残っていて休まる時間がなかった。その後、仕事を変えてから頭痛は嘘のように無くなった。
以前は常に緊張、不安、周りの目、将来、人生といったものに押し潰されそうになっていたのだと思う。


と、まあここまでの話はサラッと流して、この状態について、現時点での私見を述べてみたい。

腿裏、ふくらはぎの裏、アキレス腱等の硬さ、ツレ等々。この辺りは経絡では腎、膀胱系にあたる。腎とは、肝腎要と言われる位に身体の中でも大事な部分だ。足裏にある湧泉というツボは、元気が湧き出てくる泉として知られているが、反射区で見るとここの箇所は腎、副腎なのだ。ヨガでは反るポーズが腎の力を高めると言われる。弓のポーズやコブラ、バッタ等は良い例だ。修正法では湧泉を押して、背中の反り具合の変化を見るのもある。関連部位といい、一見関係なさそうに見えても実は関係がある。猫背で腹が潰れていると、内臓機能も低下し、姿勢も悪くなり、もちろん腎も弱まる。やる気のある人が猫背でうつむいているはずもない。
腎は生命力。そう感じる。
つまり、猫背で、腿裏、ふくらはぎの裏、アキレス腱が硬く、いつもうつむいていて、緊張や不安に押し潰されそうになっていたのが前の自分だったのだ。更に膀胱系でもあるので、不安や緊張に駆られ、トイレへ行きやすくなるのもその為だと思われる。よく妻からは、腎が弱いと言われていたので、ヨガでは反るポーズを多めにやったりしていた。これだけでもかなり効果はあった。
まず、以前に比べて、人前であまり緊張しなくなった。寧ろその場を楽しもうとさえ思えてくる。また不安や緊張も極度に少なくなった。武術の、今の今を生きる考えや、ヨガの今の自分を観ていく事について、以前よりも身体を通しての実感がある。


腿裏が硬いと骨盤も後傾しがちになり、姿勢も悪くなる。
姿勢が悪くなると内臓にも負担がかかり、肩こりや首こりはもちろんのこと、何よりも実感としてはやる気が出ない。これも腎と関係してると思う。こう書いていると腿裏が硬いのが全て悪いみたいになってしまうが、決してそうではない。ただ見解の仕方の一つと考えて頂きたい。


部分即全体。
硬くなっているという表面的な部分と、経絡やエネルギーの内面的な部分。これらのバランスがあって初めて健康なのだと思う。詰まってる状態が当たり前になると、そこが麻痺してきて気付かなくなる事もある。
陰陽の関係。
滞りのない流れる水の如し。
これらの関係性をよくよく吟味して、考えを深めたい。


posted by シンイエ at 21:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月05日

稽古を通じての実感と喜び

昨日は、都心で活動されている武術稽古仲間であり、サイトもリンクさせて頂いている金山さんとの研究稽古であった。たまたま予定が空いている日だったので、是非!という気持ちで連絡させて頂いた。

金山さんは、甲野先生から松聲館剣術技法研究員という名称を頂いていて、その剣術は見ていて美しいものがある。動きも久しぶりに拝見させてもらったが、起こりがより消えていて、初動が分からなくなっていた。剣術以外にも杖術、槍術、体術等様々な武術に精通していて、私も杖術に関しては本当に色々学ばせて頂いている。

昨日は、そんな杖の稽古を中心に行った。今現在、私自身がスポーツ関係の方に杖を紹介する機会があり、その方達に杖を使うことを大変気に入って頂いているので、更に杖について学ばなければ!という想いが湧き出てきて、金山さんに連絡を入れた次第である。

杖の細やかな手の内、手の角度、足と身体の連動、軸の安定、次の動きへの流れ、滑らせる感覚で杖の慣性力を損なわない様にする事等々、改めて気付く事や学ぶ事が沢山あった。普段狭い部屋で稽古することが多い為に、武道場という広い場で杖を存分に使えた事も色々発見があったし、何よりも動いていて気持ちが良かった。今回は連続の型をご教示頂いたので、この動きを掴み、色々応用していけるようになりたい。

ちょっと意外だったが、ヨガについて聞かれたので、今、自分が学んでいて実感としてあることだけお答えした。呼吸法や部分即全体という考え、丹田と仏性の関係。意識を向けて新しい回路を作る。ヨガに興味を持って頂き、やっている側にとっては大変嬉しく話ができた。まだまだこのヨガについてだけでも話をする事が山ほどあったのだけれど、それは次回ということなのだろう。

それ以外にも、今回は色々とお話できたのがかなりの収穫であり、有り難い事だった。金山さんが普段、どういった意識で活動されているのか、今後どういった方向へ進んで行きたいと考えられているのか。教育や人が生きている不思議さ、面白さについて語り合えたのは何とも言えない心地よさと嬉しさを感じた。日常生活において、たわいもない会話をする人はよくいるが、ちょっと深いというか突っ込んだ話ができる相手というのはそうそういるものではない。しかも、それが話の通る人というのはまた少なくなってくる。会話が成り立っているようでも、全く違う前提条件の元にお互いが話していて、それでお互いが話すだけ話して満足してしまうなんてこともある。そういう中で、同じ身体を使って考えて行くことに喜びを感じ、それを伝えたいという想いがある人との会話は通りが良くないわけがない。色々お話しさせて頂いて、深く頷く事が何度もあったし、話して行くうちに、自分の裡から何かが湧き出てくるような感じがした。そして自分の話を聞いてもらう事で、どこかで自分も自分の話を聞いていて、なるほどこういう事を考えていたのだな自分は、とハッとさせられる事もあった。話の起承転結は大事だが、こういう話の通る方との会話の時は、自分の底から溢れてくる言葉の泉をそのまま相手に伝えた方が良いような気がする。思考が入ることによってその内容が脚色されてしまうからだ。とにかくそういう方との会話は本当に貴重であり、愉しく、また自分の考えの整理にもなり、相手方の意見も素直に聞け、有り難いことである。

身体の不思議さ、面白さ。
身体を通しての学び、教育。
感覚の変化に伴う、考え方の変化や捉え方の変化。

色々なテーマが浮かんでくる。


稽古とお話を通じて、やはり身体を使って考え、動いていく事の楽しさを改めて実感したし、これから自分がどう活動していくかについても色々お話しさせて頂く上でとても励みになりました。感謝感謝です。

お忙しいところをわざわざ時間を割いて稽古して頂き、ありがとうございました。また都合がつけば是非とも稽古させて頂きたいと思います。


posted by シンイエ at 16:50| Comment(0) | 武術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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