2014年07月07日

ヨガ合宿

先日ヨガの合宿があった。
生来団体で行動するのが苦手で、孤独や1人で考えている方を愛してしまう私ですが、皆でワイワイするのは嫌いじゃない。
といってもヨガの合宿はワイワイやるものではなく、ほとんどが講義と実習(哲学と行法)だったのでワイワイする暇も無かった。

こういったちゃんとした、ちゃんとしたというのも変だけれど、合宿は久しぶりすぎて覚えていない位だった為に、緊張ではないにしろ少し構えて臨んだ。

1日中講義と実習をしていて、物凄く濃い1日だった。1つ1つの内容に集中していき、普段ではできない集団での読経や瞑想。

そして何よりも場の力を改めて感じた。
場を作るというか、作られるというのは本当に大切だ。
同じ発言をしていても、受け取り方、響く度合い、周りとの感応、集中度がまるで違う。
特に読経と瞑想は集団でしか味わえない独特の雰囲気と感覚があった。
読経は最初は自分の中の呼吸や状態を観て行き、声を肚から響かせ、集中度を高めていった。
そうしているうちに不思議と自分の出している声が、果たして自分の声なのか、周りの方の声なのか区別がつかなくなってきて、その場が一体となった感覚があった。周りとこんなにシンクロというか、一体化している感覚は初めてだったかもしれない。
正座もかなり長い時間していて、痛くて足の感覚がなくなっていたが、集中して読経を行っている間は不思議と気になる時間が少なかった。

瞑想は普段いかに誘われているかがよく分かった。
1人で瞑想をする時は暗くして、なるべく静かな環境で行う。目は半眼。
しかしローソクを囲んで皆が円になった状態で行うと、静かは静かでも他の人の些細な動きがものすごく大きなアクションに見えてくる。ちょっと姿勢を整えたり前後に静かに揺れているのが間接視野に入ってくるだけでも気になってくる。
それだけ捉われているという事なのだろう。これらは自分1人だけでは決して気付けなかっただろうから、とても貴重な機会だった。

そして、ここ最近では中からの充実が今の実感としては重要だというのがある。
これがないとどんな動きでも正に表面上の動きになると思う。
足裏、脚、肚、背中、胸、腕、首、頭、それらが充実してきて初めて動きが生まれてくる。
それがあると何よりも動いていて気持ちがいい。
呼吸においてもこれらの充実があると、より深く腹圧が高まるような呼吸が結果としてできてくる。

身体の学びを通じて本当に多くの事を気付かされる。
それが普段の生活に落とし込めるのは身体を使った学びならではなのではないか。
仕事と私生活という感じで分けると、これはこれ、あれはあれとなりやすい。
しかし、これもあれも含めてそれとする事でライフスタイルも変わってくるし、何よりも物事の見方が変わってくる。
何よりも仕事も私生活でも同じ身体を使っていることでは変わりないのだから。

というわけで合宿では普段経験できないような事を経験できたので、本当に貴重な機会だったし、多くの事を学ばせて頂きました。

感謝感謝。
posted by シンイエ at 12:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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