2014年07月19日

風が吹けば桶屋が儲かる

目が悪いのは、近い所をずーっと見ていてゲームばかりしているから。
そんな事を昔から言われていて、いつしかそうなんだと思い込み、目が悪くなってきて、あぁ本当にそうなんだなぁと思っていた。一般的な見解ではそれは正しいのかもしれない。

しかし、東洋の身体観というか考え方は部分即全体であったり、経絡の様な考え方で、そこの部分だけの問題だとは必ずしも言えない。一見全然関係ないと思っている所でも実は密接な関係だったりする。

記憶が曖昧でなければ、高校2年生位の時に目が悪くなり始めた。
当時から最近までは、近い所の見過ぎ、携帯、ゲーム、パソコンの使用時間が長い、遠い景色を見ない、一度目が悪くなると元に戻らない、等々目に対する考え方というのはこれら位しかないかなという具合だった。もう目が悪くなっちゃったからしょうがないか、こんな目と付き合って行くかと決めていた(笑)。

ところが最近、東洋の身体観を学んでいてふと思った。
目が悪いのは目だけのせいではない。
そう思って半年位前から、目に関連する部位をヨガで刺激を与えたり、目の運動を行ったりしていた。しかし、何かしっくりこない部分があるなと心の片隅で感じていたのだが、それが何なのかよく分からなかった。そして、何かの話の折に自分の事を話していてハッと思った。腿裏ではないか、と。これも高校の時だが、当時中国の武術映画と知り合いが少林寺拳法部に入った関係で、武術に興味を持ち色々鍛錬していた。
特に柔軟運動は念入りにやっていて(今の様にヨガのやり方、三密や身体の声を聞くという事を殆どやっていなくて、がむしゃらにやっていた)大体開脚などもベッタリついていた。
確か前後開脚だったかをした時に、バキッと今までに聞いたことのないような音を聞いて、それがおそらく肉離れだったのだろう。
若気の至りなのか2回も腿裏の腱を切ってしまった。
あの時の音は鮮明に残っていて、本当に自分の身体から出た音なのか不思議だったのを今でも覚えている。学校でも椅子に座ると痛いので、空気イス状態で座っていた。
それも鍛錬と受け入れていたのは今の自分とあまり変わっていないかな。
その時は医者にも行かずに自然に治った?後にまた前後開脚をやっていたが、高校を卒業してから次第に柔軟系の運動はヨガを知るまでやらなかったので、身体もどんどん硬くなっていった。
そんな経緯があったのだが、よくよく思い出してみると腿裏を肉離れしたのと目が悪くなった時期が重なっているのだ!
これにはハッとした。
そこで今までのしっくりこない感じが全て腑に落ち、何か全部繋がったと直感したのだった。

それからというもの、腿裏を中心に身体の調整やヨガを行っている。
目は気持ち程度だが良くなってるかなという感じで、それとは別に重心が落ちたり、座っている時の床に張り付いている感じが今まで以上だったりと思いがけない所でも効果がある。これも部分即全体なのだが。

床に張り付いているというのは、ヨガの先生の座っている姿を見た時に、あっ、張り付いている!と衝撃を受けた事があった。初めてヨガに参加して、ポーズや考え方も凄いと思ったが、それ以上に座っている姿に目を見張った(笑)。骨盤が完璧に起きていて、赤子の様な座り姿勢だった。
それ以来、あの座り姿は折に触れて思い出す。ポーズの時も何気無くやられるが、それがよくよく考えると凄い。見た目にアクロバティックな大胆なポーズとかの凄さではなく、当たり前の様にやるのだけれど、実際やってみると全然出来ない。そんな凄さ。座る姿勢一つとっても凄さがあるのは、とても学ばせて頂いた。

甲野先生もそうだが、何気無い所にとんでもない凄さがある人は中々お目にかかれない。それが身体を使っている人の面白さだと思う。

話がそれてしまったけれど、目の関連性はこれからも探究していきたいテーマである。

posted by シンイエ at 21:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月12日

switch

突然やる気になったり、逆に急に何もやる気がなくなったりする。
あれは何だろうか。
いや、頑張ってやる気を出せ!とかここが踏ん張りどころだ!と言うかもしれないけれど、私にはどうもしっくりこない。その状態をただ受け入れたい。
しかし、本当に何故あんなに気持ちが急展開するのか自分でも分からない時がある。

別にしょっちゅうなっている訳ではない。本当にたまーになる。
だから尚更何故なのかなと思う。

稽古しててもどうもしっくりこない時がある。流れやノルマ的にやってる感じがしたら、なるべくすぐに辞めるようにしている。ノルマ的な動きが癖になって身につくと厄介な気がするからだ。良い感じというのも変だけれど、そういう時は身体の変化がよく分かる。今力んでたなとか、踏ん張ってたなとか、無理くりやってるなとか、角度が変だなとか、捻じってるとか、色々発見がある。

気持ちの変化とか、自律神経の乱れとか、潜在意識がそうさせているのか、躁鬱なのか、理由は外因、内因共に色々あると思う。でも私は時期なのではないかと思う。
自然界でも、時期が来れば芽が出て花を咲かせる。そして時期が来れば自然と枯れていく。盛者必衰。身体も自然なので、無理矢理にコントロールしようとすると益々調子を狂わせる。理性が働きすぎると身体がついて行かないから。
身体の声を聞きながら、今流れに少し乗ったけど気持ちを軽く一押しすれば更に上手く乗って行けるんじゃないか。
そういう風に上手く理性を活用して行けば相乗効果が出てくると思う。
これもバランスですね。
switchで軽く調整してやるような。
ちょっと気分が乗らない時期。やる気が出ない時期。恐ろしく調子がいい時期。
色々ありますね。

switchといっても付ける消すの単調なやつではなくて、徐々に徐々にフェードアウト、フェードインしていく調整できるタイプのものがいい。
自然界も芽が出た、枯れたの間にゆっくり土から栄養を吸収して徐々に成長していき、大きくなって種を風や虫や鳥に運んでもらい、徐々に枯れて行き生命を全うする。

でも現代に生きる人は、何かこう単調な付けて消してのswitchをよく使う事を好んでいるような気がする。
白か黒か。まるかばつか。これかあれか。
どちらかにしろ。生か死か。
二者択一が多いような気がする。
物言いは一見スッキリしていて気持ちいいが、それでは見えてこないものもある。
あまりに二者択一的な考えが強いと極端に走りやすい。
やっぱりバランス。
どちらでもないし、どちらでもあるという選択肢もあると頭の片隅に入れておくと、何か迷った時に少しばかり光が射すかも。

posted by シンイエ at 11:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月07日

ヨガ合宿

先日ヨガの合宿があった。
生来団体で行動するのが苦手で、孤独や1人で考えている方を愛してしまう私ですが、皆でワイワイするのは嫌いじゃない。
といってもヨガの合宿はワイワイやるものではなく、ほとんどが講義と実習(哲学と行法)だったのでワイワイする暇も無かった。

こういったちゃんとした、ちゃんとしたというのも変だけれど、合宿は久しぶりすぎて覚えていない位だった為に、緊張ではないにしろ少し構えて臨んだ。

1日中講義と実習をしていて、物凄く濃い1日だった。1つ1つの内容に集中していき、普段ではできない集団での読経や瞑想。

そして何よりも場の力を改めて感じた。
場を作るというか、作られるというのは本当に大切だ。
同じ発言をしていても、受け取り方、響く度合い、周りとの感応、集中度がまるで違う。
特に読経と瞑想は集団でしか味わえない独特の雰囲気と感覚があった。
読経は最初は自分の中の呼吸や状態を観て行き、声を肚から響かせ、集中度を高めていった。
そうしているうちに不思議と自分の出している声が、果たして自分の声なのか、周りの方の声なのか区別がつかなくなってきて、その場が一体となった感覚があった。周りとこんなにシンクロというか、一体化している感覚は初めてだったかもしれない。
正座もかなり長い時間していて、痛くて足の感覚がなくなっていたが、集中して読経を行っている間は不思議と気になる時間が少なかった。

瞑想は普段いかに誘われているかがよく分かった。
1人で瞑想をする時は暗くして、なるべく静かな環境で行う。目は半眼。
しかしローソクを囲んで皆が円になった状態で行うと、静かは静かでも他の人の些細な動きがものすごく大きなアクションに見えてくる。ちょっと姿勢を整えたり前後に静かに揺れているのが間接視野に入ってくるだけでも気になってくる。
それだけ捉われているという事なのだろう。これらは自分1人だけでは決して気付けなかっただろうから、とても貴重な機会だった。

そして、ここ最近では中からの充実が今の実感としては重要だというのがある。
これがないとどんな動きでも正に表面上の動きになると思う。
足裏、脚、肚、背中、胸、腕、首、頭、それらが充実してきて初めて動きが生まれてくる。
それがあると何よりも動いていて気持ちがいい。
呼吸においてもこれらの充実があると、より深く腹圧が高まるような呼吸が結果としてできてくる。

身体の学びを通じて本当に多くの事を気付かされる。
それが普段の生活に落とし込めるのは身体を使った学びならではなのではないか。
仕事と私生活という感じで分けると、これはこれ、あれはあれとなりやすい。
しかし、これもあれも含めてそれとする事でライフスタイルも変わってくるし、何よりも物事の見方が変わってくる。
何よりも仕事も私生活でも同じ身体を使っていることでは変わりないのだから。

というわけで合宿では普段経験できないような事を経験できたので、本当に貴重な機会だったし、多くの事を学ばせて頂きました。

感謝感謝。
posted by シンイエ at 12:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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